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未経験から怒涛の勉強でエンジニアに。その波乱万丈な人生と学習方法とは?とだこうきさん 突撃インタビューvol.1

未経験から怒涛の勉強でエンジニアに。その波乱万丈な人生と学習方法とは?とだこうきさん 突撃インタビューvol.1

突撃フリーランスインタビューでは、現役で活躍しているフリーランスのリアルや意外な素顔に迫っていきます!

とだ
【インタビュイープロフィール】
とだこうき(@cohki0305
東京フリーランス運営メンバー。
営業から転職し、6ヶ月でリードエンジニアになったフルスタックエンジニア。
その後半年でフリーランスとして独立し、ブロックチェーン・機械学習の案件に携わる。
現在はフリーランスエンジニアの経験を活かして、「ゲスエンジニア」という名前でSNS・ブログ・YouTubeにて情報発信をしている。

初芝
【インタビュアープロフィール】
初芝賢(@hatushiba_ken
東京フリーランス編集長。
現在はシステム開発のPMや新規事業に携わる一方で、フリーランスライターとして出版・キャッチコピー・WEBメディア連載などを手掛けている。
東京フリーランスではインタビュアーや司会進行を務めることが多い。

はじめは弁護士志望だった?


初芝
よろしくお願いします。
とださんは現在、フリーランスのサーバーサイドエンジニアとして活躍していますよね。
Twitter・ブログ・YouTubeでも情報発信をしていて、フォロワーも一万人以上。

初芝
そんなとださんがフリーランスになった経緯を教えてください。
とださんは慶応大学出身ですが、学生の時からエンジニアになりたかったんでしょうか?
とだ
いえ、大学卒業後は法科大学院に行って弁護士になろうとしていました。
東大と慶応の院を受けたんですが、結構自信家だから滑り止めを受けなかったんですね。
そしたら落ちちゃって(笑)
とだ
しかも結果がわかったのが四年生の12月後半で。三か月後に卒業なんですよ(笑)
慶応大学だからということもあって、友達みんないいとこ就職して。商社だとか外コンだとか。
僕は大学の勉強も真面目にやっていたし、まさか自分がキャリアで踏み外すことはないと思っていました。
初芝
そういえば、ブログでもGPA3.9あったって書いていますよね。主席レベルの成績。
でも、12月後半だと就活はほとんど終わってますよね。
就職浪人は考えなかったんですか?
とだ
お金の関係で浪人は無理でしたね。
僕の家は貧乏だったので、奨学金をかなり借りていたんです。
幸い、ちゃんと勉強してたから返済が不要なものも借りれて。
とだ
でも、「四年で卒業すること」が条件だったんです。
だから浪人すると「それを返せ」ってことになるからそれは無理だなって。
初芝
じゃあ、12月から就活スタートというわけですね。
どういったところを受けていましたか?
とだ
12月はひとしきり落ち込んで、1月からスタートしましたね。
で、自分は「成績いいけど問題児」というタイプだと自覚があったので、ベンチャー企業を見ていました。
決まったことをやる大企業は合わないと思って。
とだ
それでITに興味があったので求人サイトから面白そうなところに応募したら、話がとんとん拍子に進んで。
一週間くらいで内定をもらえました。
その時は営業職での入社でした。

営業職なのに、ツールの開発!?

初芝
それ意外ですよね。
最初からエンジニア職だとばっかり。

とだ
営業に向いてると思ってたんですよ。
このトークスキルがあれば楽勝だと(笑)

とだ

でも、実際の仕事はコミュニケーションや提案というより、ひたすらテレアポで数を打つといった仕事で。
僕はそういうのがとても苦手で。
すぐに「自分が価値を発揮できる領域じゃない」と思いましたね。

初芝
どれくらいでそう感じました?
とだ
入って二日とかですね。
初芝
早い(笑)
とだ
そもそも色んなルールがあるのが苦手だったんですよ。
スーツ着用厳守だとか、名刺の渡し方はこうしなさいとか。別になんでもいいんじゃないかと。
そういうの苦手だし向いてないなって。
初芝
じゃあ、すぐ辞めようと考えました?
とだ
いえ、辞めようとは思っていなかったです。やめてもやることないし。
でも、仕事をがむしゃらに頑張る気もなくって。
営業の仕事はメール送ったり見積書を送ったりと、「それ本当に人間がやらないといけないの?」って思うものが多かったので。
とだ
なので、「面倒くさいから自動化しよう」と思って。
それがプログラミングを始めたきっかけですね。
初芝
いきなり自動化ですか!
いかにもエンジニアらしいエピソードですね。
どんなものを作ったんですか?
とだ
GooglAppScriptで、見積書を簡単に作ったり、シートにメールアドレスを書くと自動でメールを送るスクリプトとかを作っていました。
あとは印刷用のラベルを自動でpdfで作るものとか、セールスフォースのデータを使って売上推移や売上予想を出したりしていましたね。
営業やりつつそんなのを作っていました。

初芝
え、いきなり凄すぎません…?
そこまでやったら給料アップしたりしませんでしたか?
業務効率化なんて、コスト削減に直結するわけですし。

とだ
それが上がらないんですねー(笑)
営業としては評価を上げていなかったので。

とだ
この時は営業にやる気がなく、ひたすらプログラミングしていました。
必ず定時で帰って、電車でコード書いて、家でも書いて。
プログラミングがしたくてたまらない時期ですね。

初芝
完全に独学なんですね!
でも、一人だとエラーが出たときとか困りませんか?
とだ
詰まってエラーが出ても、楽しめるんですよ。
問題解いてるみたいな感じで。
もともと勉強が好きだったので、勉強は苦になりませんでした。

営業からエンジニアへの転機


初芝
なるほど…。そういうエンジニアの素養みたいなところはもともとあったんですね。
そんなにプログラミングにハマってたなら、転職しようと思いませんでしたか?

とだ
転職は考えていたんですが、まずバイトから始めました。
一回バイトから始めようと、Wantedlyで求人探して。
とだ
その時、面接で自分が作ったものを見せたら驚かれたのをよく覚えています。
「未経験でこんなの作れるの?」って。
僕は未経験のレベル感がわからなかったため、ちょっと嬉しかったです。
初芝
バイトは本業とどう両立していましたか?
とだ
基本的に、業後にリモートで作業していました。
でも、しんどくって。
ちょうどその頃、バイト先の人に「戸田さんこっち来たら?」って誘われていました。
なので、「そうだなー…。辞めよう!」と思い立ちました。

まさかの社内転職だったが…?

とだ
この頃には自分のレベル感もわかってたから、転職できるなと思って。
でも、役員に辞めるって言ったら「それならうちでプログラミングの仕事やってみたら?」と止められました。
それから社長と話すことになって。
とだ
社長に「プログラマーになりたいです」って言ったら、
「いいよ。君、営業向いてないしね。プログラマーの三大美徳って知ってる?怠惰・短気・傲慢。
君はこれにむかつくほど当てはまってるしね(笑)」
と言われて(笑)
それで晴れて職業プログラマーになれました。
初芝
おお、ついに!
プログラミングでは実績ありましたし、今度こそ給料アップしましたか?
とだ
むしろ、減りました(笑)
プログラマーとしてまだ働いた実績ないからって。額面21万だったのに、20万になった。
それはとてもショックだったんですけど、当時はプログラマーになれたことのうれしさの方が大きかったです。
まぁ、しこりは残りましたけど。
とだ
プログラマーとして働き始めてからは、本当によく勉強しましたし、たくさん教えてもらいました。
最初はついていけなかったから、帰ってからも勉強して翌日質問、土日に勉強して月曜に質問、という毎日でした。
一年半の独学よりも、この一か月の方が遥かに学習効率がよかったです。今まで何やってたんだろうって。
とだ
そうしたら一か月で実装できるようになって戦力になったんですね。
最初の査定でもリーダーに「こんな人は初めてだ」ってめっちゃ褒められてとても嬉しかったです。
それで給料も上がるかなと思ったら、1000円しか上がらなかったんですけど(笑)
とだ
でも、後から聞いたら凄く優秀な先輩でも22万円だったんですね。
その人は辞めてから凄いキャリア歩んでった本当にデキる人なんですけど。
その頃から、「この会社は貢献しても評価してくれないんだな」と思うようになり、また他の会社のスカウトを探し始めました。
初芝
最初のバイトに引き続き、二回目ですね。
とだ
それでWantedlyに登録していたらスカウトが来て。
それで会ってみたら、プロダクト開発の仕事だったんですね。
プロダクトも面白そうだったし、「え、ゼロから作るのなんてめっちゃいいじゃん」ってなって。
もともとそれがやりたくて、エンジニアになったようなものですしね。
とだ
それでバイトとして一ヵ月やってみたら本当に楽しくって。
社長と技術顧問の方にも気に入ってもらえて。
とだ
そしたらある日、社長が「30万円払うから来てくれ」って言ってくれたんです。
「え、給料1.5倍になる!なにそれ金持ちじゃん!」と当時の僕は衝撃を受けました(笑)
技術的にもメンバー的にもとても魅力だったので、転職を決意しました。
とだ
もとの職場は先輩たちがみんな優しかったし、申し訳ない気持ちは正直ありました。仲良くしてた人を捨てるようで。
でも、ビジネスである以上合理的に判断しなければいけませんし、お金と技術の魅力は大きいですしね。
僕の場合もともと貧乏だったのもあって、「お金がないと生きていけない」という思いは人一倍強くって。
初芝
それでついに新卒入社した会社を離れ、転職したわけですね。
給料も上がり、仕事も面白そうで、メンバーもいい人揃い。
理想的な環境ですね!
とだ
ところが、転職してみると全部が理想通りではありませんでした。
初芝
え!そうなんですか!?

「聞いてた話と違うぞ……?」

初芝
、面白そうなプロダクト・優秀なメンバー・1.5倍の給料を保証する会社からスカウトを受けるなんて、最高の環境じゃないですか!
「理想通りじゃなかった」とは、何が問題だったんですか?
とだ
一言で言うなら、「聞いていた話と違うぞ」というのが見えてきたんですね。
例えば給料30万円て言ってたのに、入ってみたら27万円だったり。
その他言えないことも含めて色々あって、社長とのしこりができてきたんです。
初芝賢
給料の金額は口約束だったんですね!
弁護士のちひろ先生も書いてましたけど、口約束は本当に怖いですね…。
とだ
それでだんだん、「友達としてはよかったけど会社としてはどうなんだろう」という思うことが積み重なっていきました。
そうなると悪循環で、今まで気にならなかった点も目に付くようになったんですね。
「なんでここ半角スペースなんだよ、改行しろよ」とか(笑)
初芝
破局前のカップルみたい。

とだ
まさにそう(笑)
何よりも、僕を引き抜くために嘘をついたというのがすごいショックで。
社長がやりたいことのために利用されたんだなって。

とだ
そこで悟ったのは、すごい頑張って作ってやりがいを持ってたものでも、彼との関係が終わったらなくなっちゃうんだなということです。
このサービスは自分のもの、っていうのは幻想だったんだなと。

初芝賢
切ない話ですね…。

フリーランスこそ、人との繋がりが大切

とだ
でもよくよく考えたら、社長の立場からしたら当然なんですね。
お金払ってリスク取って事業してるわけですから。

とだ
それから僕も、「自分のモノを作りたい」って思い始めました。

初芝
それがフリーランスを意識したきっかけですか?
とだ
そうですね。それまではどちらかというと会社員派でした。
あと、フリーランスを目指すようになったのはその会社の技術顧問の方の存在が大きかったです。
この方は僕の師匠のような方で、技術的にも精神的にもとてもお世話になりました。本当に尊敬している方です。
とだ
その技術顧問の方がフリーランスで。
僕のフリーランスとしての最初の仕事もその方の後押しで決まりました。
「むしろ、相手先企業の方にとだ君を紹介したい」
と言ってくれて。
その瞬間、「正社員として疲れたけど、頑張ってよかったな」と、すべてが報われた気持ちになりました。家帰ってから実は号泣しましたね(笑)
とだ
この話すると今でも泣きそうになりますね…
初芝
とださんはよく「フリーランスこそ人との繋がりを大切にした方がいい」と言いますが、そのルーツはそこにありそうですね。
とだ
僕は今こそフリーランスですが、「まずは企業でエンジニアとして働いて、その後に独立した方がいい」と思っています。
それは、会社員として色んな人に揉まれた方が成長できますし、目標となる人に出会える可能性があるからです。
どうしてもフリーランスだと「その場限りの付き合い」になってしまいがちですしね。
初芝
ちなみに、もしずっと独学だったら今はどうなっていたと思います?
とだ
成長してないだろうな、と思いますね。
多少は成長したかもしれないけど、仕事は受けてないだろうなと。
とだ
一人で勉強していると、プロダクトをスケールするっていう発想がないんですね。
できることしかやれないから、スキルも身につかない。
初芝
プログラミングに適性あることに気づいて、早めにプログラマとして転職できたことは幸運だったかもしれませんね。
とだ
そうですね。適性ある職業を見つけられたのはとてもラッキーだったと思います。
世の中、自分に合ってない仕事をずっとやってる人も多いんじゃないかなと思います。
新卒で営業していたときの僕みたいに。
とだ
でも、そういう人はもったいないんじゃないかと思っていて。
「とりあえず三年」といったことがよく言われますが、それで三年浪費するのはもったいないなと。
僕の場合、新卒から三年でフリーランスですしね。
とだ
僕が最初の会社でプログラマーになりたいと言ったときも、「お前は営業で結果を出してからプログラマーになれ」という人がいました。
でも僕は、三年も合わないことやる必要ないだろうと思っていました。何事にも適性というものがあるので。
それを真に受けてたら、僕はまだ営業をやってたと思います(笑)
とだ
でも、会社の中にいると「そうなんだ」となってしまいがちなんですね。
上司たちは昔の価値観で成功した人です。そんな彼らの「当たり前」の中でもまれることになる。
とだ
そこで上手いく人はそれでいいけど、上手くいかなくって逃げ場もない人もいる。
そんな人達には、「違うことを試してみたら?」と思います。プログラミングに限らず。
もしかしたら他に向いていることがあるかもしれませんしね。

フリーランスになってからの生活の変化は?

初芝
フリーランスになってから、生活はどう変わりました?
とだ
余裕がいっぱいできましたね。
僕がフリーランスになった初月の収入は70万円でした。
労働時間も週4.5日一日8時間
それもリモートワークだったので、余裕ある働き方ができました。
初芝賢
以前の倍以上ですね!
それで生活は変わりましたか?
とだ
生活はあまり変わってませんね。
むしろお金を使わなくなった。
初芝
それは意外ですね!
余裕がある分、財布の紐もゆるむものかと。
とだ
ストレスをお金で解消することがなくなったんですよ。
これまではお金を使ってストレス発散することがあったんですけど。
とだ
お金の余裕よりは、時間と心の余裕ができたことの方が大きいですね。
そして、コワーキングスペースで働くことで、友達がかなり増えたりもしたのですよ。
初芝
これまた意外ですね!
てっきりフリーランスになったら孤独になりがちなものかと。
とだ
何もしなかったら孤独だと思うんですが、僕の場合はコワーキングスペースという”場”があったので。
あそこに行ってる人って似たような人が多いんですよ。
同じような働き方をしていて、心に余裕がある人たち。
仕事中にマンガ読んでる人もいますし(笑)
とだ
こういう人たちと朝30分コーヒーを飲みながらのんびり話すのが楽しくって。
僕はこのコワーキングスペースに会社員時代から通っていたんですが、とてもいいコミュニティですね。
「リモートワークは最高!」と言う人がいますけど、その次の段階として所属したいコミュニティを探すことがとても大事なように思います。
初芝
では、フリーランスになってからは毎日そこに通っているんですか?
とだ
いえ。
そのコミュニティに六か月ほどいた後は、「そろそろ変化が欲しいな」と思ってしばらく海外放浪していました(笑)
初芝
おお!行動力がすごい(笑)

フィリピンでの、ショーヘーさんとの出会い

初芝
海外放浪で「これをしたい!」という目的みたいなものはありましたか?
とだ
どうせなら今まで会えなかった人に会いたい、と思っていました。
友達や知り合いが海外にいたのですよね。
そういった人と会うのも面白そうだなって感じで始めました。
でも、これからの働き方や生き方について深く考えさせられる旅になりました。
初芝
それは聞くのが楽しみですね!
まずはどこへ行きましたか?
とだ
もともとの友達がいるフィリピンに行きました。
東フリ運営メンバーのショーヘーさんと会ったのもこの時ですね。

初芝
そうなんですね!
てっきりiSaraのあるバンコクで会ったのかと思ったら、フィリピンなんですね!

iSaraとは、ショーヘーさんを始めとした四名が開設したバンコクのノマドエンジニア養成講座です。

とだ
本当に偶然なんですよ(笑)
僕の友達がたまたま知り合いで、「有名な人と会うから来ない?」って誘われて。
それで四人でご飯食べてから仲良くなって。
とだ
その後も一緒にご飯食べたり遊びに行ったりしましたね。
それがきっかけでタイのiSaraにも顔を出すようになったりとか。
フリーランスになってさっそく人と繋がれたのが嬉しかったです。

タイのGAOGAOでコミュニティの力を目の当たりに

とだ
で、フィリピンの次はタイのバンコクへ行ってGAOGAO手嶋さんに会いに行きました。
このバンコクもGAOGAOもとても良くって。

GAOGAOとは、「エンジニア起業家を日本からもっと輩出する」をモットーとする、バンコク・東京・ホーチミンに拠点を持つ 「エンジニア事務所」です。

初芝
何が良かったんですか?
とだ
まず、バンコクについては三日で気に入りました(笑)
物価安くて、いいも多くて、気候も良くって。
すぐ「ここに住む!」ってなりました(笑)
最高に住みやすい環境でしたね。
とだ
GAOGAOについては、コミュニティの力を目の当たりにしてびっくりしました。
GAOGAOの事業の一つにプログラミングスクールがあるんですけど、その人たちと仲良くなって。
彼らと会ってーヵ月後に再会したときの話になるんですが、めちゃくちゃスキルアップしていたんですね。
とだ
抜群にカリキュラムがいいとか先生がいいとか、そんなんじゃないんですよ。
いくら良かったとしても、やる側がちゃんとしていないとダメですしね。
それよりも、コミュニティで勉強していたのが本当に効果的だったみたいで。
とだ
彼ら、ずーっと勉強してるんですよ。遊びにも行かないで。
それができたのも、一緒に高めあえる仲間がいたからなのかなって。
自分一人で頑張るのは難しいけど、頑張るのが当たり前の環境にいると自然に伸びるんですよね。
初芝
進学校でも同じことが言われますよね。
上位校だと「東大入るのが当たり前」と考えてるからメンタルブロックもないし、そもそもの“当たり前”の努力量が多くなるという。
とだ
彼らも大手外資系IT企業とかイケてるベンチャー企業に入りましたね。
この時に「コミュニティって大事なんだな」と実感しました。

海外放浪を経て、帰国後に至った心境とは?

初芝
フリーランスになってからフィリピン⇒タイと行ったあと、その次はどこへ行きましたか?
とだ
シンガポールに行きました。
でも、楽しみにしていたのに全然面白くなかったんですね。
初芝
何故ですか?
とだ
シンガポールは一人だったんですよ。
やっぱり一人だと旅してても楽しくなくって。
結局三日でシンガポールを後にして、その後はベルリン、オランダ、そしてまたタイに帰ってきました。
とだ
GAOGAOのみんなに再会したのはこの時ですね。
毎日頑張ってて、めちゃくちゃ成長してて。
頑張ってる人を応援したいって気持ちが出てきたのもこの時です。
とだ
それから、今年(2019年)一月に日本に帰ってきました。
タイの生活も楽しかったけど、日本だったらもっと色んなことができるなと。多くの人に会えますしね。
東京フリーランスもそうですし、やっぱり人と会うことが本当に大事なんですよ。
初芝
色んな経験を経て今の東京フリーランスに繋がっているのがよくわかります。
ジョブズのスピーチで「人生はあるときに点と点が繋がる」っていう話がありますけど、まさにその通りですね。
新卒での経験、転職してからの葛藤、旅をする中での出会いが繋がって今に至っているという印象です。

読者からの質問①「独学時代、会社員時代、フリーランス時代の学習方法は?」

初芝
さて、ここからは頂いた質問を読み上げていきますね。
「独学時代、会社員時代、フリーランス時代と、それぞれどのように勉強していましたか?」

独学のときの勉強

初芝
まず、独学時代からお願いします。
とだ
独学時代は、使える時間はほとんどプログラミングに使っていました。
僕の勉強時間は異常に長い方だと思います。
電車の中でもひたすらキーボード叩いたりしていましたし。
とだ
ただ、未経験にありがちな話なんですが、効率はかなり悪かったです。
業務で使えるものを作ろうと本を片手に頑張って、わからないものは全部自分で調べて。
自分でなんとかするのが楽しいので、余裕で三日かけたりしていました。
自己解決能力は高くなりましたが、あまり良い見本にはならないと思います。

営業⇒エンジニアのときの勉強

初芝
そこまでストイックにできる人はあまり多くないかもしれませんね…。
社内で営業⇒エンジニアになったときはどうでしたか?
とだ
この時もひたすら勉強ですね。平日も土日も勉強していました。
一年半の独学時期の停滞が解決していくのがとても気持ちよかった時期です。
やりたいからやってた、という感じですね。
とだ
あとは、プロダクトのコードを読むことが多かったですね。
既に完成されたプロダクトがあったので。
それでとりあえず機能作ってみたりしました。採用はされませんでしたが(笑)

とだ
この時に色々教えてもらったんですね。
「こう考えてこうしたいんですけど、どうでしょう!?」って先輩に聞くことをよくしてて。

とだ
勉強熱心な人を嫌がるエンジニアっていないんですよ。
それでフィードバックをたくさんもらったり、ランチの時もプログラミングの話してたりと、たくさん教えてもらいました。

スタートアップのときの勉強

初芝
たしかに、エンジニアは勤勉で教えるのも好きな人が多いですよね。
僕も前職で、普段は寡黙だけどプログラミングになると目を輝かせて喋り出す人がいて、その人のことを慕っていました(笑)
スタートアップに転職してからはどうでしたか?
とだ
この時は引き出しを増やしていた時期ですね。
新規の開発の仕事だったので、いろんな技術を触れるようにしていました。取れる選択肢は多いほうがプロダクトにとっていいと思ってましたね
とだ
オープンソースを見てバグを見つけては修正のプルリクを送ったりとか。
すでに身につけた技術だけで勝負するのではなく、色んなものに触ろうとしていた時期ですね。

フリーランスになった今の勉強

初芝
それまでで基礎を固めて、そこからできることを増やしていったんですね。
フリーランスになってからはどうでしょう?
「フリーランスになってからの働き方を教えてください」という質問もあるので、それと合わせて教えてください。
とだ
期待に応えるために背伸びしながら勉強していましたですね。
フリーランスになってからは新しいプロダクトを任させれることが多かったです。
「来月からブロックチェーンやってくれ」みたいな。
初芝
それ、もともと知らない分野ですよね?
頼まれたとき、なんて答えました?
とだ
「できるようになります」って。
そしたらお客さんも「とださんなら大丈夫っしょ」と。
そんな感じですね。
初芝
自信お客さんからの信頼感がすごい…。
昔ホリエモンの本で、起業時にとりあえず「できます、やります」と答えていたという話を思い出しました。
とだ
自信もあるかもしれませんが、期待に応えたいっていう想いが強いんですよ。
お客さんがせっかく僕を頼ってくれているわけですからね。
とだ
あとは、当時働いていた会社のCTOの方から「とださんはプログラマーとして天才かもしれない」って言ってもらえたことがずっと心の支えになっていますね。
僕が本格的に伸び始めたのは、あの言葉をもらってからかもしれないです。
初芝
すっごくいい話…!
そのままずっとプログラミング漬けの生活だったんですか?
とだ
いえ、フリーランスになって半年、2018年の6月あたりで初めて勉強をストップしました。
その少し前にブログを始めていたんですね。プログラミング以外も伸ばしたいなと思い始めて。
それでブログを勉強しながら実践していたのですが、それが伸び始めた時期です。
とだ
あれよあれよとブログが伸び始めて、気づいたらハマっていました。
やっぱり自分で何かを作るのいいなって。
あと、前の会社で頑張って作っていたプロダクトが、結局社長のものだと思い知らされた経験も大きいですね。
とだ
今は自分で新しいプロダクトを作るのが楽しいって時期ですね。
勉強はしますけど、必要なものを必要な分だけ勉強しています。

東京フリーランスの位置づけは?

初芝
とださんとしては、東京フリーランスも「プロダクト作り」の延長線ですか?
とだ
そうですね。
あとは、フリーランスになりたい人の不安を解消したいっていう気持ちがあります。
とだ
僕がフリーランスになったときも、すっごく不安だったんですよ。
でも、僕の場合はたまたま頼りになる技術顧問の方がいました。
フリーランスの先輩として相談に乗ってもらえて、仕事の後押しまでしてくれて。
本当に足を向けて寝られないくらい感謝しています。
とだ
その方みたいに、フリーランスになりたい人の不安を解消できたらと思います。
いま思うと、当時の不安ってあまり意味のない不安なんですよ。
ちゃんと知っていればリスクでもなんでもないことが多かったり。
そういうことを伝えていきたいです。
初芝
実体験からくる想いですね。
最近はとださんのように個人ブログで働き方を発信する人も多いですが、あえてメディアでやることの意義はどう考えていますか?
とだ
今でもたくさんメディアはあるけど、個人が強すぎるんですよ。リアルな体験談はSEO的にも強いですし。
でも、個人が強すぎるとニュートラルに情報を受け取れないと考えています。
想いを伝えたくてやってるのか、稼ぎたくてやっているのかわからないからです。
とだ
東京フリーランスの構想を聞いた時には、「みんなでやれるならいいかもしれない」と思いました。
同じ方向を見て作るから、ブレずに情報を発信し続けられる。
メディアでやることの意義はそこですね。
初芝
これからどんなメディアにしていきたいですか?

とだ
「ここさえ見ていけば大丈夫だよね」って思われるメディアにしていきたいです。
一言で言うなら、信頼されるメディア。

とだ
世の中って色んな情報があるけど、正しいだけで信頼されていないものも多いなと思っていて。
信頼されないから届かないし、響かないし、行動されない。
一つ一つ、信頼を築いていきたいですね。

初芝
共同運営者として、全く同じ想いです。

読者からの質問②「弟子にしてください!」

初芝
それでは最後の質問です。
「とださんの弟子にしてください!」
とだ
それは女性ですか?
初芝
男性ですね。(知らないけどそう言っとこ)

とだ
僕好みのかわいい女性ならいつでも大歓迎です!!
初芝
(最後にやっとゲス要素出してくれた…!)

ゲスエンジニアとださんのTwitterはこちら⇒@cohki0305 
編集長初芝賢のTwitterはこちら⇒@hatushiba_ken

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